隅田川架橋二十三景

勝鬨橋や清洲橋を渡るたびに、その橋桁やアーチの造形のおもしろさには見惚れる。

そのうち写真でも撮っておかなくては、と思いながらいちの間にか十数年になってしまった。ここらでひとつ本腰を入れて、しかもどうせやるならこの際、隅田川に架かる橋全てキチンとコレクションしようと決起した。しかし、隅田川に橋はだいたい何本架かっているのか、そもそも隅田川には源流なんてあるのか、河口はどこなのか。てんで分からない。とりあえず基礎知識をと思いHPを開いてびっくりした。なんと一つの検索サイトだけで

“隅田川”、“隅田川の橋”に関するページが2千以上もあった。HPでは掲載されていない関連資料、文献さらにはこれをテーマ、モチーフにした文学作品や美術作品などを加えるととんでもない数にのぼるだろう。その人気者さかげんにたまげて、最初の決起もどこへやら少しげんなりもしてきたが、乗りかかった隅田川の屋形船、その造形の記録という事にポイントを絞って、意地も半分、撮影GOとあいなった。

 現在、河川法で隅田川は北区で分かれる荒川の支流ということになっている。もともと「隅田川」とは正式河川名ではなく「荒川」の地域的通称だったそうだ。ところが、明治43年の洪水をきっかけに治水目的で同45年から19年間を要して完成した「荒川放水路」(現荒川、隅田川より川幅が広い)が昭和40年に「荒川」の本流と変更認定されてしまった。そこで、これに伴い北区 志茂の岩淵水門から東京湾までの23kmが、はれて「隅田川」として正式河川名になったらしい。

 この23kmに鉄道用、首都高速用を含め現在28本の橋が架かっているが、今回“COLLECTION”としては人も渡れる橋のみ23本を撮影対象とした。ちょうど1kmに一本の割合だ。あのパリのエッフェル塔は美しい、でもちょっとオシャレ過ぎる。鉄は少し無骨なくらいがいい。隅田川には無骨な、しかしみずみずしい力強さを持った昭和一桁年代完成の“テツバシ”がいくつもある。しかもその表情がそれぞれ違うのだ。

 できれば、昭和39年で最後となった勝鬨橋の跳開した姿を一度でいいから見たいものだ。欲を言えば年に一度くらい、そう開港記念日にでもやって欲しい。マラソンなどの時は道路の通行止をやっている。晴海通りでもやれるはずだ。一時間でもいい。さらに帆船でもここを通ってくれれば・・・想像しただけでもワクワクする風景ではないか。

APC編集部  島尾 望